運動学の父 ベルンシュタイン

20世紀前半、ソビエト連邦中央研究所バイオメカニクス部門室長ニコライ・ベルンシュタインは、自分の発見した、専門分野における革新的な知見 「運動」の原理が、専門外の一般の人々皆が憧れている 「運動」の核心でもあること、そしてそれを彼ら国民に向けて分かりやすく説明することが、科学者としての喜びであり使命でもあると悟ったのであろう、1冊の啓蒙書の発刊を企てた。

人間や動物の身体は、膨大な数の関節と筋肉で構成されており、それらを動かす組み合わせは途方もない数にのぼる。従来の運動理論では、脳がこれらすべての要素を個別に制御していると考えられていたのだが、これは到底現実的ではない。彼は後にベルンシュタイン問題と名付けられることになるこの「制御されるべき自由度が多すぎる(冗長な自由度)」問題を指摘し、この自由度の問題を克服するために、脳は個々の筋肉を制御するのではなく、複数の筋肉や関節をまとめて機能的な単位として制御していると考えた。これが協調構造運動シナジー)である。そして運動の学習とは、この協調構造をいかに効率的に形成し、環境に合わせて柔軟に使いこなせるようになるかのプロセスであるとした。ベルンシュタインの理論は、運動学習を「あらかじめ決められた運動プログラムの実行」ではなく、「環境との相互作用の中で、膨大な自由度をいかに効率的に組織化し、調整していくか」という探索と適応のプロセスとして捉えることを可能にした。この視点は、今日リハビリテーションなど多様な分野に応用されており、運動学の父と称される理由である。

未刊に終わった啓蒙書の悲劇そして奇跡の復活

ベルンシュタインの原稿は最終校正を終え、いよいよ出版を待つばかりであった。

彼にとっては特別な思いがあったに違いない。単なる学会論文ではない。自らの同胞、国民大衆に向けた科学書になるはずであった。

ところが突如悲劇が彼ら ベルンシュタインとその原稿を襲う。スターリン粛清による彼自身 研究所における役職の失職と啓蒙書発刊の停止である。

ベルンシュタインの失意は想像に余りある。行き場を失った原稿は、家人にも同僚にも伝えられることなく、自宅書斎の書棚の片隅に置かれたままであったという。

1966年ベルンシュタインは癌死する。

遺品を整理中そこで埃にまみれたあの原稿が見つかるのである。

1980年代ペレストロイカの時代になって、ようやく彼の遺書は同僚の手により国内で発刊、20年遅れてようやく日の目を見ることとなる。

そして数年後にはヨーロッパでも発刊され、ベルンシュタインルネッサンスと称される一大ムーブメントを引き起こすこととなった。

ベルンシュタインの階層レベル理論

ベルンシュタインは人間の運動を動物進化の歴史から紐解く。

生物分類体系において、動物>脊索動物>脊椎動物亜門Vertebrataに属する人間の直近の祖先は、魚類に始まる。

special thanks to

・伊丹康人先生

 故 東京慈恵会医科大学整形外科元主任教授

・別府祐美子、石井千恵 両先生

 およびメディカルフィットネス研究所の皆様